
愛媛県内子町の山と田んぼに囲まれた「田丸橋」。麓川に架かる幅2m、長さ15mほどの小さな橋だが全国的にも珍しい屋根付きの橋だ。杉皮ふきの屋根があることで橋の腐食を防いできた。昭和18年の洪水で流出したこともあったが、地元住民の手によって翌年には再建され、以来60年以上にわたってその姿を守っている。
記事全文はこちらからどうぞ
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/091101/trd0911010805004-n1.htm

愛媛県内子町の山と田んぼに囲まれた「田丸橋」。麓川に架かる幅2m、長さ15mほどの小さな橋だが全国的にも珍しい屋根付きの橋だ。杉皮ふきの屋根があることで橋の腐食を防いできた。昭和18年の洪水で流出したこともあったが、地元住民の手によって翌年には再建され、以来60年以上にわたってその姿を守っている。
記事全文はこちらからどうぞ
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/091101/trd0911010805004-n1.htm
維新の舞台で光の競演

夕日が水平線に吸い込まれていく。空だけがあかね色に染まり海や町は一気に暗くなる。入れ替わるように日本海沖にはイカ釣りのいさり火が無数にともった。町明かりも歩調をあわせるかのように輝きはじめる。さまざまな光の競演が幻想的な風景を刻々と変えていった。
国内有数の城下町、維新の町として知られる山口県萩市。幕末から明治維新の激動期には吉田松陰や、その門下生の志士たちを輩出した。碁盤の目のようにまっすぐな道には、同市堀内地区だけで約450もの石垣や土塀が総延長約3・5キロに及ぶといわれる。
この町並みは「重要伝統的建造物群保存地区」に全国で最初に選定された。城下町の風情が色濃く残り、江戸時代の地図が今でも通用するというから驚く。白壁が続く細い道を歩いてみると、まるで時代劇のセットの中にいるような錯覚を覚える。
記事全文はこちらからどうぞ
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090913/trd0909130843002-n1.htm
蘇った「虹を呼ぶミスト」

記事全文はこちらからどうぞ
http://sankei.jp.msn.com/life/life.htm
歴史ロマン秘めた巨岩芸術


記事全文はこちらからどうぞ
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090823/trd0908230501000-n1.htm
二酸化炭素をほとんど排出しない地熱発電
記事全文はこちらからどうぞ
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090816/trd0908160800001-n1.htm
「軍艦島」。長崎半島の沖に浮かぶ周囲約1200mの島は、かつて海底炭鉱で栄えた。長崎市に属し、正式名を「端島(はしま)」という。島影が戦艦「土佐」に似ていたことからそう呼ばれている。(写真報道局 奈須稔)
記事全文はこちらからどうぞ
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090726/acd0907260746005-n1.htm

阿寺渓谷のなかでもひと際鮮やかな色を湛える「犬帰りの渕」。かつて猟師が狩猟犬とともに谷に分け入った際、犬がこの渕の険しさに恐れ渡ることができなかった、という言い伝えからその名が付いたという =長野県大桑村
一歩足を踏み入れた森では渓流のせせらぎが響き渡る。ヒノキ、サワラ、コウヤマキ、ネズコ、アスナロ。「木曽五木」が生い茂る中、渓谷の絶壁をエメラルドグリーンの流れが彩っていた。阿寺(あてら)渓谷(長野県大桑村)は木曽川に流れ込む阿寺川に沿っておよそ15キロ続く。四季を通じて見られる美しい流れは“阿寺ブルー”とも称される。その中でも「狸ケ渕」「犬帰りの渕」「牛ケ渕」と名付けられた流れの緩やかな場所は、一段と鮮やかな色に染まる。(写真報道局 古厩正樹)
渓谷内にいくつかある鉄橋は森林鉄道の名残を今に伝える
動画撮影機材 Canon EOS 5D markⅡ
記事全文はこちらからどうぞ
http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/090719/sty0907191346003-n1.htm
世界遺産に指定される、ふるさとの原風景

庭先で揺らぐ洗濯物、軒先で続くお年寄りや主婦たちの井戸端会議。辺りに夕闇が迫りカエルの大合唱が始まるころ、田植えが終わった水田に、合掌造りからこぼれる明かりがぼんやり反射する。初めて訪れたのにどこか懐かしい風景だ。
富山県五箇山の相倉・菅沼合掌造り集落。五箇山とは富山県南砺市に含まれる旧平、上平、利賀の3村を会わせた地域を指す。「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として平成7年、岐阜県の白川郷とともに世界遺産に指定された。
(写真報道局 川口良介)
記事全文はこちらからどうぞ
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090628/trd0906281044004-n1.htm
厳美渓 透き通った渓流と名物団子

川のせせらぎとともに、透き通ったエメラルドの渓流が見えてきた。渓谷を覆うように茂る鬱蒼とした緑が、夏の訪れを告げる。岩手県一関市内を東西に流れる磐井川に侵食されてできた奇岩や巨岩が2kmに渡り続く。国の天然記念物にも指定されている厳美渓だ。1年前の6月14日午前8時43分、のどかな観光地が一変した。震度6強の岩手・宮城内陸地震が発生。一関市内でも震度5強を記録し、磐井川の水源である栗駒山の土石流が厳美渓に流れ込んだ。地震の被害はほとんどなかったが、自慢の渓流が茶色に染まった。
地震から1年が経過した。観光客も回復し、名物の「郭公だんご」が渓流を往復する。全国からは励ましの声も多く寄せられ、活気が戻りつつある。(写真報道局 緑川真実)
記事全文はこちらからどうぞ
http://sankei.jp.msn.com/life/life.htm
風薫り放牧場を駆け巡る

木曽馬は北海道の道産子や宮崎県の御崎馬(みさきうま)と並ぶ日本在来馬。平安末期、木曽義仲が京都に向けて挙兵した際に名馬として評価を高め、各国の武将は競って木曽馬を求めた。以後、江戸時代は交通の担い手として、明治時代には山間農耕馬として需要が拡大。明治30~40年代には飼育頭数が5000~6000頭にものぼったとの記録も残る。(写真報道局 古厩正樹)
記事全文はこちらからどうぞ
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090517/trd0905170912005-n1.htm